美術品としての縄文土器

岡本太郎が、縄文土器を目にした時に「なんだ、これは!」と声をあげたという「火焔型土器」。出土品として扱われていた土器に向けられる目が変わった出来事だったことでしょう。

単純に縄目模様がつけられているだけのものから、凝ったデザインの火焔型土器まで。陶器に適した土の採取、焼く為の木材確保は、現代でも大変な作業です。

当時の土器や埴輪は、実用として使われる器と共に、祈りの対象でもありました。一心に祈りを込めて作られたものは、現代の我々が見ても、どこかに凛とした美しい佇まいを感じます。だからこそ「美」として鑑賞するに値するのかもしれません。



縄文土器


縄目模様が特徴的だったので縄文土器と呼ばれるようになったが日本の石器時代の土器全部に縄文が施されていたわけではない。日本の石器時代(縄文時代)の土器ならば縄目模様をほどこしていないものも含めて縄文土器と呼ぶ。

北は北海道の礼文島や千島から南は奄美大島、沖縄の南西諸島にまで分布する。時代や地方ごとに独特の様式(形状と文様の組み合わせ)がある。

時代ごとの流行や好みの変化が様式に反映されているので、様式の変遷を目安にして縄文時代の草創期・早期・前期・中期・後期・晩期の6期に分類するということが行われている。

出典・引用 Wikipedia