箸墓古墳周濠「渡り土堤」
邪馬台国卑弥呼の墓ではないかともいわれている国内最古の巨大前方後円墳、奈良県桜井市の箸墓古墳で、墳丘と外部をつなぐ「渡り土堤」が見つかりました。
浦間茶臼山古墳と縁があるとも言われているので新しい発見があったことには興味深いものがあります。
邪馬台国(やまたいこく)の女王、卑弥呼(ひみこ)の墓ともいわれる国内最古の巨大前方後円墳、奈良県桜井市の箸墓(はしはか)古墳(3世紀中頃~後半、墳丘長約280メートル)で、墳丘と外部をつなぐ「渡り土堤(どて)」が見つかり、同市教育委員会が19日発表した。
墳丘を囲む内濠(ないごう)(堀)に土を盛って築かれ、濠内の水をせき止めるとともに、墳丘へ渡る通路の役割があったとみている。 同古墳で渡り土堤が確認されたのは2例目。墳丘そのものは宮内庁が陵墓として管理しており発掘ができない中、古墳の構造を知るうえで重要な資料になりそうだ。
渡り土堤は前方部南側で出土。断面は台形状で上側は幅2メートル以上、高さ1・6メートル以上。長さ6・4メートル分が見つかり、墳丘に向かって延びていた。 内濠は幅約10メートルで古墳全体を囲み、水がためられていたとみられる。同古墳は後円部のある東側から前方部に向かって緩やかに傾斜し、標高差は約6メートル。水をまんべんなくためるには、さらに複数の渡り土堤を設けた可能性があるとしている。
渡り土堤は、県内では10基以上の古墳で確認されている。
桜井市立埋蔵文化財センターの橋本輝彦所長は「箸墓古墳の特徴が明らかになることは、その後に続く前方後円墳の解明の手掛かりにもなる」と期待した。 市纒向学(まきむくがく)研究センターの寺沢薫所長(考古学)は「内濠などが造られたのは、周りから隔絶させるため」とし、通路より貯水の機能を重視。「箸墓古墳は巨大な濠(ほり)を持つ。何カ所かに渡り土堤を設けて水をたたえることに大きな意味があったのではないか」と話す。出典・引用 産経新聞 2/19 配信



