たたら製鉄
西祖・浦間地域(岡山県岡山市東区)の山沿いに昔の『たたら製鉄』を行っていた場所があります。途中途絶えてしまったのは、吉井川の大氾濫の際に流されてしまったからではないかと考えられています。
西祖山方前遺跡(岡山県岡山市西祖)の発見からわかるように、浦間地域の「金黒谷遺跡:岡山県岡山市東区浦間」と併せ、浦間・西祖両地区は鉄生産が盛んであったとされています。
岡山市東区近辺でも製鉄に関連する地名が今でも多く残っています。
地名を調べていくだけでも大変興味深いものがあります。例えば 貫抜間、鍛冶屋、金田、湯ノ内、鉄などです。
古代吉備国地域に製鉄遺跡が集中してあるというのは、磁鉄鉱の鉱床がある場所が多く、三大河川が通っており日本海側から瀬戸内海にかけての輸送がやり易かったからとも言えます。
現在と違い、昔の輸送は大変な労力が必要でしたから、産業が栄える要因として地理的要素が非常に重要になってきます。ひとつのことを調べ始めると様々な分野に世界が広がり、全てのことは点ではなく線で繋がっているのだなと感じます。
中国地方における製鉄遺跡の概要
6世紀後半から11世紀頃まで――吉備国に集中中国地方のたたら製鉄遺跡は、石見(島根県西部)、出雲(島根県東部)、伯耆(鳥取県)、備前(岡山県南東部)、備中(岡山県西部)、備後(広島県東部)、美作(岡山県北東部)、および播磨(兵庫県西部)の各地で確認されています。この地域では、6世紀後半から11世紀頃の製鉄遺跡が現在のところ70余り確認されています。中でも、備前、備中、美作と備後にまたがる地域、古代日本においては吉備国にあたる地域にその大半が集中しています。
出典・引用 出雲国たたら風土記



